”阿久根の春”から一年が過ぎて…
日本の片田舎で起きた小さな蜂起。”阿久根の春”が終焉して早くも一年が過ぎた。
古くはプラハの春や最近ではアラブの春など市民蜂起の運動が成功するか否かはその運動をバックアップする組織の大きさだと思っている。
市職員を援護したのは言わずもがな自治労組織でありそれに小判ザメのようにくっついたマスゴミであった。
そして阿久根市民を援護して欲しかった全国の市民達はマスゴミの偏向報道のお陰で見方をしてくれなかった。
仙波前副市長ですら最初、竹原さんに良いイメージを持っていなかった事からその徹底ぶりがうかがえる。
”阿久根の春”が失敗したのは鹿児島の報道を牛耳っている南日本新聞ならびに南日本放送(MBC)であると断言してよいだろう。
橋本大阪市長が言っていることやっていることは竹原さんとたいして違わない。
さすがのマスゴミも260万人の世論を操作することは出来なかったようだ。
今の阿久根は1年前の熱気はどこえやら、水を打ったような静けさである。
竹原さんの”た”の字も話題にならない。
そんな話はタブーとさえ言える。
何をやっても結局、駄目なんだ。そんな厭世気分でいっぱいだ。
一部の人間が肥え太り、大多数が座して死を待つのみ。
西平市長は大変がんばっておられる。
市の行事や催しには必ず出席されている姿を度々、拝見している。
ただし…
がんばっておられるというのは世間一般の市長さんと比較してのお話で、自治労やマスコミとガチンコで勝負しているという事ではない。
それを望む方がどうかしているのかもしれないが強欲な団体と対立ではなく対話でどこまで改革できるのか是非とも全国に手本をお見せして欲しいかぎりである。